第二回 頭の中に書きたい文字が見えている

――― 今日は鳥海さんがつくられたフォントの原字を
    見せていただけるということで楽しみにしてきました。
    わー、本当に人の手で書いてあるんですね。すごい!

鳥海  〈ヒラギノ明朝体〉の原字はすべて手書きで書きました。
    一文字書くのに45分くらい。
    筆ではなくて烏口(からすぐち)をつかっています。
    えーと、カラスグチって、言われてもわかんないよね。
    これです。この先っちょのところに墨つけて書くの。
    今はつかわなくなったんだけども。

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――― 今はつかわないんですか?

鳥海  うん、書体制作の道具も、やり方も、
    どんどん変わっていますね。
    前にね、明朝体をテーマにしたNHKの番組があって、
    おれが文字をかいてるところを
    ちょこっとだけ撮ったんだけど、
    その収録で本当に久しぶりに烏口をつかいました。
    久々だったなぁ。緊張したもん。

――― ブランクがあっても、
    体が覚えてるっていう感じなんでしょうか。

鳥海  忘れるわけではないけど、
    でも前はもうちょっと早くかけたよなと思った。

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――― これは何で塗ってあるんですか?

鳥海  墨とポスターカラーを混ぜてあるの。
    横線がちょっと光っているのわかる?

――― はい、わかります。

鳥海  横線の部分は墨だけをつかっている。
    墨だけだとそんなふうに光るんだよね。

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――― (墨を塗る前の段階を見て)この輪郭の部分は何ですか。

鳥海  それは鉛筆。

――― 最初にアウトラインを書くというのが意外でした。
    私は文字を読むときに、
    自分がその文字になったつもりで見ているんですが、
    そのときに心地よく感じる部分というのは、
    いわゆるアウトラインじゃなくて、
    中心の線から伝わってくる気がするんですけど。

鳥海  えーと、それは、書体の設計と、レタリングの違いだよね。

――― あっ、そうか。そうですね。

鳥海  それと漢字と仮名も、考え方がまったく異なります。
    漢字の場合は、四角の中で、
    ある要素が均等に入らないとまずいとか、
    画数が多くても
    下半分に入れなきゃいけないものとかあるから、
    おのずと位置が決まってくるんだけど、
    仮名はそうじゃない。
    自由だけど、そのぶん難しい。
    だからこそおもしろいんだよね。

    (実際に手を動かして「ま」の字を書きながら)

    書きたい文字があるでしょ。
    まずこう、イメージになる線を書いて、
    それから、肉づけみたいなかんじでデッサンしていく。

――― 今、最初に、すぅっと一本の線を一気に書かれて、
    次に「デッサン」といわれたときには
    数度にわけてなぞりながら
    短い線を少しずつ書き足していくような動きをされました。
    私が文字から感じる力点というのは、
    やっぱり最初に書かれた全体の線が
    軸になっている気がします。

鳥海  うん。きっとそうだと思います。

――― そのイメージになる線というのは
    どの時点で決まるんでしょうか。
    書いているときにどこかで決まる瞬間があるんですか?

鳥海  頭の中に書きたい文字が見えているから、
    それを再現できるように書いてる。

――― すごい!

鳥海  でも人間だから、手がふるえたり、
    力が入りすぎちゃったりするでしょ。
    あっ、失敗した! って。
    そのときは、その失敗した部分だけを
    ホワイトで修正していく。
    でもね、そのときにはもう、
    あるべき線が見えているからわりと簡単なの。
    それで、自分の頭のなかにある正解に
    いちばん近づいたところでやめる。

――― その、頭の中に正解があるっていう感覚について
    伺いたいです。
    たとえば私にとっては、自分が書きたいと思う文字と、
    実際に書ける文字とは、
    能力的にもう全然違うわけですけど、
    鳥海さんにとっては「書きたい文字」と「書ける文字」が
    ほぼイコールというか…。

鳥海  (しばらく考えて)ある程度はそうかもしれない。
    でも書けない文字っていうのは絶対にあるよね(笑)。
    時によっても変わる。
    おれ、何でも書ける!って 思うときもあるし、
    「だめだ…」ってなるときもある(笑)。

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鳥海  これは試しに書いてみたものなんだけど、
    この「せ」なんか、いいでしょう。
    習作っていうか、こういう作業がいちばん楽しい。
    うまく書けたときは「カッコイイ…!」って
    自分でみとれちゃったり。
    そういうときはすごく幸せ。自分の分身ができる感じ。

    この後、スキャンしたデータをパソコンに取り込んで
    さらに修正作業をするんですが、
    そのときにはあえてもう紙には戻らないようにしている。

    正木さんも〈文字の食卓〉の中で
    書いていたことだと思うんだけど、
    やっぱり言葉っていうのは、文字の連なりであって、
    前後に続く文字との関係っていうものが
    すごく大事だと思っていて。
    だから今はかなり早い段階で、
    組んだ状態をチェックするということをやっている。

    全部手書きでやっていたころは難しかったけど、
    そのためにフォント化するソフトを
    うちのエンジニアが作ってくれて、
    そういうことができるようになって、
    それはもう革命的に役に立っているよね。

    四角で完結してたときにはうっとりしてたものが、
    実際に文章を組んでみたら
    「わー、全然ダメだ」っていうことはままあるんですよ。

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