第三回 「五」という字はいつもひとつしかない

鳥海  〈ヒラギノ〉をつくったときは、
    最初、この手書きの原字が納品物になるはずだったの。
    写植のときまではそれでよかったからね。

    でも、実際にデジタル化する作業、
    アウトラインをとる作業をメーカーの方で始めてみたら、
    字体のしくみというか、
    どうしてこの線がこうなるのかというのを
    理解していない人がやると、
    うまくいかないことがわかった。

    本当にガッタガタになっちゃって、
    これはまずいっていうので、もう一度、引き取って、
    アウトラインの作業もうち(字游工房)でやったんです。

――― そういったノウハウもすでに持ってらっしゃったのですか。

鳥海  そのときは我々も初めてに近くて、試行錯誤でしたけど、
    写研で似たようなソフトをさわっていたことがあったから、
    その経験がすごく役に立った。
    でも、一文字、スキャンしてデータ化するのに
    最低でも四十分くらいはかかってた。
    さらにそれが九六〇〇字でしょう。
    床に積んだら天井に届くくらいの量があったわけだから
    もう、大変な作業でしたね。

――― 鳥海さんはこれまでたくさんの書体をつくられていますが、
    実際に原字を見てしまうとなおさら、
    本当に想像を絶する作業というか、
    気が遠くなるというか…。
    一書体完成した達成感のあとで、
    ずっとモチベーションが持続することが
    すごいと思ってしまうんですが。

鳥海  同じ字をずっと書くわけじゃないもの。
    たとえ何書体つくったとしても、
    あるひとつの書体に、
    「五」という字はいつもひとつしかない。
    「五」だけを何千回も書き続けろといわれたら
    無理かもしれないけど。

――― 先ほど、自分の分身みたいということを言われましたけど、
    自分のつくった書体が世の中に溢れているというのは
    どういう気持ちなのですか。
    自分がいっぱいいるみたいな感覚なんですか。

鳥海  うーん、それが、意外と、
    世に出てしまうと、そうでもないんだよね。

――― おもしろいですねえ。

鳥海  あえて言うなら、〈ヒラギノ〉だけは例外かもしれない。
    〈ヒラギノ〉をつくったときは若かったし、
    ずっと仮名をつくりたいと思っていて、
    初めて手がけたものだったから、そのときの若さとか、
    未熟さも含めて、投影されている部分があるんだと思う。

――― そのとき、鈴木勉さんは「自分がやる」
    とは言われなかったんですか。

鳥海  おれが「やらせてくれ!」と頼んだの(笑)。
    鈴木さんは「じゃあやってみなさい」という感じ。
    でも最初は本当に書けなくて、悩みました。

    テーマが決まっているときのほうがつくりやすいんです。
    たとえば〈文麗仮名〉は、
    夏目漱石のような近代文学の小説を
    現代らしい書体で組みましょうという
    コンセプトでつくったものなんだけど、
    そういった目的がはっきりしているものや、
    または製品寿命として10年つかわれればいいというような
    想定があるものについては
    わりと迷いがなくて、すんなりいく。

    でも、〈ヒラギノ〉や〈游明朝体〉をつくったときに
    「100年つかわれる書体を目指してくれ」
    といわれたことがあるんだけど、そういう、
    色のない、ベーシックな書体ほど難しいと思います。

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