第四回 それは「味」だから直したらイカン

鳥海  正木さんは〈石井明朝〉が好きなんだよね。
    写植書体はフィルムの上に直接書いてたんだよ。

――― あっ、紙じゃないんですね。

鳥海  うん、しかもフィルムの方が断然早かったんだよね。
    まず線が早く引けるし、
    ホワイトをつかわなくても表面を削って簡単に修正できる。

    それを写研の社内にある
    写真課(現像する部署)に持っていくと
    翌日には現像が上がってきて、
    チェックをする体制でした。

    それに同じ部首を持つ漢字だったら、
    共通する部分は切り貼りして作れるでしょ。
    文字が分解されてフィルムがボロボロになっていく感じが
    妙に面白かったのを覚えています。

――― その、部首の部分、たとえば、
    ごんべんを確定するときのドキドキ感たるや…
    影響範囲が大きいですよね。

鳥海  そうそう、だから後になって、
    「誰だ、これやったやつはー!」
    っていうことはやっぱりあったよ(笑)。
    何度修正してもうまくいかなくて、
    フィルムを削りすぎて、穴開けちゃったひともいた(笑)。

――― ふふ。わたしなら絶対やってしまうと思います(笑)。

鳥海  あとはグリッドがなかったことも大きいと思う。
    今は紙にグリッドがついているから、
    つい直線で書いてしまいがち。
    でも直線にすると、
    そのぶん「味」がなくなってしまうんだよね。
    だからこれ(グリッド)はくせもの。
    写研のBRなんかは、
    グリッドにとらわれていない良い例だよね。

    最近のフォントを見て感じるのは、生っぽい感じ。
    火を通してない感じ。
    ちゃんと料理されていないように感じるものというのは
    やっぱりあんまり良くない書体なんだろうと思います。

――― すごくわかるような気がします。

鳥海  正木さんは書道の経験はあるの?

――― ないです。字はすごく下手で、恥ずかしいです。
    習字も小学校で習っただけで、
    今はご祝儀袋に筆ペンで名前を書くくらい…。

鳥海  今はほとんどのひとがそうだよね。
    それに習字はやったことがあっても、
    この2センチ角の正方形の枠に書くのとはわけが違う。
    大学で教えていると、
    おれより書道が得意な学生も中にはいるんだけど、
    字の大きさが変わると全然書けなかったりする。
    でも、正木さんのおじいちゃんもおばあちゃんも、
    普通に小さな文字を筆で書いていたでしょう。

――― はい。見たことがあります。

鳥海  写植書体の原字用紙も、
    四角の枠が小さかったんですね。
    石井(茂吉)さんの書いた字なんか、
    もっと小さかったそうですよ。

    おれが写研に入ったときは
    もう石井さんは亡くなられていたんだけれど、
    石井書体が拡大してつかわれるときに
    どうしても印刷の荒さが目立つというので、
    原字のサイズを48ミリ角に直す作業をやった。

    そしたら、まっすぐも、よく見たら全然直線じゃないのね。
    小さかったものを大きくするわけだから余計目立つよね。
    だからそれを直して持っていくと、
    「ばかやろう、余計なことすんな」って先輩に怒られるの。
    それは「味」だから直したらイカンと。
    じゃあどこを直すのよってなる。
    直すところなんてないじゃない、と。
    でもまぁ、明らかに変じゃないか?っていうとこもあって、
    また怒られるんだろうなと思いつつ持っていくと、
    「うん、これは確かにおかしい」とか言われてね(笑)。

――― 石井さんが『大漢和辞典』(大修館書店)のために
    ひとりで、五万字もの〈石井細明朝体〉を
    8年かけてつくられたというお話があって。
    その当時というのは、
    現在のようにタイポグラフィの教育なんてなくて、
    書体設計に携わる人も
    日本にほとんどいなかったんだと思うんですけども。

鳥海  うん。

――― そんな時代に、石井さんがそれをできたというのは、
    なぜだと思われますか。
    やっぱり才能があったということなんでしょうか。

鳥海  そうだと思う。
    そうとしか考えられないよね。
    離れみたいなところでずっと、
    ひとりで、こたつで書いてたっていうんだから。

    本当は、ひとつの書体の設計、仮名は特に、
    同じ人がひとりでやるのが理想なんだと思うんです。
    現実的にはなかなかそうはいかないところがあるけど、
    それを石井さんはやっていたわけだから。
    本当にすごいと思う。

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