子供の頃から本の世界に憧れていた「文字食さん」と、第一線で活躍されている書体設計士の鳥海修さんが、文字を肴におしゃべり。
写植の時代から書体デザインに携わられてきた職人ならではの言葉を、真摯に語ってくださいました。
 
●鳥海修(書体設計士)
1955年生まれ。山形県出身。多摩美術大学卒業。
有限会社字游工房代表取締役。
大日本スクリーン製造株式会社のヒラギノシリーズ、こぶりなゴシック、字游工房の游書体ライブラリーなど、ベーシック書体を中心に現在まで40書体以上の書体開発に携わる。第一回佐藤敬之助顕彰。ヒラギノシリーズで2005年グッドデザイン賞受賞。京都精華大学教授。
 
普通の文字って何だろう
 
鳥海  大阪で〈文字の食卓〉の展示をしたそうですね。「写植の時代」展のパンフレットも持ってますよ。行ったひとからもらったんだけど、読みました。
 
正木  わ、ありがとうございます。光栄です。
 
鳥海  一体どんなひとが書いてんだろうと思ってたんだけど。
 
正木  えへへ(笑)。今日は貴重なお時間をいただいてありがとうございます。
 
鳥海  正木さんは子供のときから書体を意識していたんだよね。それが変わってるなあと思って。
 
正木  書体の名前を知ったのは大人になってからですけど、でも実は、かなり最近まで、みんなそうだと思っていたんです。
 
鳥海  みんなそうじゃないよ(笑)。
 
正木  そうみたいですね(笑)。でもサイトを始めてわかったんですが、「すごくわかる」ってメールをくださる方もいて、しかも意外と、デザイン関係じゃない方も多いんですよ。
 
鳥海  へえー、おもしろいね。
 
正木  鳥海さんにお会いできたらお伝えしたいなと思っていたことがあります。今は写研書体がちょっとめずらしいもののようになってしまっていますけど、私にとっては、子供のころから写研の文字が「普通」だったんですね。だからDTPの移行期に写研書体がどんどんなくなっていったとき、「なんで最近の本は普通の文字をつかわないんだろう?」ってずっと思っていたんです。正体のわからない喪失感というか…。
 
そんなときに〈游明朝体〉が出てきて、これは普通っぽい書体だなと、初めて思ったんです。もちろんまったく別のものではあるけれど、ちょっと懐かしいひとに会ったような気がしました。
 
鳥海  そんなふうに思ってもらえたことはすごくうれしい。〈游明朝体〉は「普通」であることを意識してつくった書体。
 
正木  それで興味をもって調べるうちに『鈴木勉の本』と出会って感銘を受けました。『鈴木勉の本』も、それぞれの書体に「○○の文字」というタイトルがついていますけど、私にとっては何だろう? もし私だったら、別の書き方をするなと思ったときに、〈文字の食卓〉の発想が出てきたんです。
 
鳥海  〈游明朝体〉も、「○○の文字」とかあるんですか。
 
正木  〈游明朝体〉は、なんか、おはぎっぽい感じです(笑)。
 
鳥海  おはぎ……(絶句)
 
正木  スミマセン(笑)。
 
鳥海  おはぎかー。……おはぎは、おれ、好きですね(笑)。
 
正木  私も好きです(笑)。あんこの甘さというか。
 
鳥海  (真顔で)それはつぶあんなの、こしあんなの?
 
正木  絶対こしあんです(笑)。
 
鳥海  きっと洋じゃないな、和だなとは思ってたの。でも正木さんがどうしてそんなふうに感じるのかおれにはわからないから、それをいつか読んでみたいなという気はします。そのときは悪いことも何でも書いていいからね。書体は批判されることも必要。
 
正木  (恐縮して)ありがとうございます。でも、批判は今まで書いたことがないです。〈文字の食卓〉は読者の目線で書いているし、読者には「読まない」っていう最大の批判方法があると思ってるので。それ、あまり伝わらないんですけどね(笑)。
 
文字が生まれる瞬間
 
正木  今日は鳥海さんがつくられたフォントの原字を見せていただけるということで楽しみにしてきました。わー、本当に人の手で書いてあるんですね。すごい!
 
鳥海  〈ヒラギノ明朝体〉の原字はすべて手書きで書きました。一文字書くのに45分くらい。筆ではなくて烏口(からすぐち)をつかっています。えーと、カラスグチって、言われてもわかんないよね。これです。この先っちょのところに墨つけて書くの。今はつかわなくなったんだけども。
 

 
正木  今はつかわないんですか?
 
鳥海  うん、書体制作の道具も、やり方も、どんどん変わっていますね。前にね、明朝体をテーマにしたNHKの番組があって、おれが文字をかいてるところをちょこっとだけ撮ったんだけど、その収録で本当に久しぶりに烏口をつかいました。久々だったなぁ。緊張したもん。
 
正木  ブランクがあっても、体が覚えてるっていう感じなんでしょうか。
 
鳥海  忘れるわけではないけど、でも前はもうちょっと早くかけたよなと思った。
 

 
正木  これは何で塗ってあるんですか?
 
鳥海  墨とポスターカラーを混ぜてあるの。横線がちょっと光っているのわかる?
 
正木  はい、わかります。
 
鳥海  横線の部分は墨だけをつかっている。墨だけだとそんなふうに光るんだよね。
 

 
正木 (墨を塗る前の段階を見て)この輪郭の部分は何ですか。
 
鳥海  それは鉛筆。
 
正木 最初にアウトラインを書くというのが意外でした。私は文字を読むときに、自分がその文字になったつもりで見ているんですが、そのときに心地よく感じる部分というのは、いわゆるアウトラインじゃなくて、中心の線から伝わってくる気がするんですけど。
 
鳥海  えーと、それは、書体の設計と、レタリングの違いだよね。
 
正木  あっ、そうか。そうですね。
 
鳥海  それと漢字と仮名も、考え方がまったく異なります。漢字の場合は、四角の中で、ある要素が均等に入らないとまずいとか、画数が多くても下半分に入れなきゃいけないものとかあるから、おのずと位置が決まってくるんだけど、仮名はそうじゃない。自由だけど、そのぶん難しい。だからこそおもしろいんだよね。
 
(実際に手を動かして「ま」の字を書きながら)
 
書きたい文字があるでしょ。まずこう、イメージになる線を書いて、それから、肉づけみたいなかんじでデッサンしていく。
 
正木  今、最初に、すぅっと一本の線を一気に書かれて、次に「デッサン」といわれたときには数度にわけてなぞりながら短い線を少しずつ書き足していくような動きをされました。私が文字から感じる力点というのは、やっぱり最初に書かれた全体の線が軸になっている気がします。
 
鳥海  うん。きっとそうだと思います。
 
正木  そのイメージになる線というのはどの時点で決まるんでしょうか。書いているときにどこかで決まる瞬間があるんですか?
 
鳥海  頭の中に書きたい文字が見えているから、それを再現できるように書いてる。
 
正木  すごい!
 
鳥海  でも人間だから、手がふるえたり、力が入りすぎちゃったりするでしょ。あっ、失敗した! って。そのときは、その失敗した部分だけをホワイトで修正していく。でもね、そのときにはもう、あるべき線が見えているからわりと簡単なの。それで、自分の頭のなかにある正解にいちばん近づいたところでやめる。
 
正木  その、頭の中に正解があるっていう感覚について伺いたいです。たとえば私にとっては、自分が書きたいと思う文字と、実際に書ける文字とは、能力的にもう全然違うわけですけど、鳥海さんにとっては「書きたい文字」と「書ける文字」がほぼイコールというか…。
 
鳥海  (しばらく考えて)ある程度はそうかもしれない。でも書けない文字っていうのは絶対にあるよね(笑)。時によっても変わる。おれ、何でも書ける!って 思うときもあるし、「だめだ…」ってなるときもある(笑)。
 

 
鳥海  これは試しに書いてみたものなんだけど、この「せ」なんか、いいでしょう。習作っていうか、こういう作業がいちばん楽しい。うまく書けたときは「カッコイイ…!」って自分でみとれちゃったり。そういうときはすごく幸せ。自分の分身ができる感じ。この後、スキャンしたデータをパソコンに取り込んでさらに修正作業をするんですが、そのときにはあえてもう紙には戻らないようにしている。
 
正木さんも〈文字の食卓〉の中で書いていたことだと思うんだけど、やっぱり言葉っていうのは、文字の連なりであって、前後に続く文字との関係っていうものがすごく大事だと思っていて。だから今はかなり早い段階で、組んだ状態をチェックするということをやっている。全部手書きでやっていたころは難しかったけど、そのためにフォント化するソフトをうちのエンジニアが作ってくれて、そういうことができるようになって、それはもう革命的に役に立っているよね。四角で完結してたときにはうっとりしてたものが、実際に文章を組んでみたら「わー、全然ダメだ」っていうことはままあるんですよ。
 
「五」という字はいつもひとつしかない
 
鳥海  〈ヒラギノ〉をつくったときは、最初、この手書きの原字が納品物になるはずだったの。写植のときまではそれでよかったからね。
 
でも、実際にデジタル化する作業、アウトラインをとる作業をメーカーの方で始めてみたら、字体のしくみというか、どうしてこの線がこうなるのかというのを理解していない人がやると、うまくいかないことがわかった。
 
本当にガッタガタになっちゃって、これはまずいっていうので、もう一度、引き取って、アウトラインの作業もうち(字游工房)でやったんです。
 
正木  そういったノウハウもすでに持ってらっしゃったのですか。
 
鳥海  そのときは我々も初めてに近くて、試行錯誤でしたけど、写研で似たようなソフトをさわっていたことがあったから、その経験がすごく役に立った。でも、一文字、スキャンしてデータ化するのに最低でも40分くらいはかかってた。さらにそれが9600字でしょう。床に積んだら天井に届くくらいの量があったわけだからもう、大変な作業でしたね。
 
正木  鳥海さんはこれまでたくさんの書体をつくられていますが、実際に原字を見てしまうとなおさら、本当に想像を絶する作業というか、気が遠くなるというか…。一書体完成した達成感のあとで、ずっとモチベーションが持続することがすごいと思ってしまうんですが。
 
鳥海  同じ字をずっと書くわけじゃないもの。たとえ何書体つくったとしても、あるひとつの書体に、「五」という字はいつもひとつしかない。「五」だけを何千回も書き続けろといわれたら無理かもしれないけど。
 
正木  先ほど、自分の分身みたいということを言われましたけど、自分のつくった書体が世の中に溢れているというのはどういう気持ちなのですか。自分がいっぱいいるみたいな感覚なんですか。
 
鳥海  うーん、それが、意外と、世に出てしまうと、そうでもないんだよね。
 
正木  おもしろいですねえ。
 
鳥海  あえて言うなら、〈ヒラギノ〉だけは例外かもしれない。〈ヒラギノ〉をつくったときは若かったし、ずっと仮名をつくりたいと思っていて、初めて手がけたものだったから、そのときの若さとか、未熟さも含めて、投影されている部分があるんだと思う。
 
正木  そのとき、鈴木勉さんは「自分がやる」とは言われなかったんですか。
 
鳥海  おれが「やらせてくれ!」と頼んだの(笑)。鈴木さんは「じゃあやってみなさい」という感じ。でも最初は本当に書けなくて、悩みました。
 
テーマが決まっているときのほうがつくりやすいんです。たとえば〈文麗仮名〉は、夏目漱石のような近代文学の小説を現代らしい書体で組みましょうというコンセプトでつくったものなんだけど、そういった目的がはっきりしているものや、または製品寿命として10年つかわれればいいというような想定があるものについてはわりと迷いがなくて、すんなりいく。でも、〈ヒラギノ〉や〈游明朝体〉をつくったときに「100年つかわれる書体を目指してくれ」といわれたことがあるんだけど、そういう、色のない、ベーシックな書体ほど難しいと思います。
 
それは「味」だから直したらイカン
 
鳥海  正木さんは〈石井明朝〉が好きなんだよね。写植書体はフィルムの上に直接書いてたんだよ。
 
正木  あっ、紙じゃないんですね。
 
鳥海  うん、しかもフィルムの方が断然早かったんだよね。まず線が早く引けるし、ホワイトをつかわなくても表面を削って簡単に修正できる。それを写研の社内にある写真課(現像する部署)に持っていくと翌日には現像が上がってきて、チェックをする体制でした。それに同じ部首を持つ漢字だったら、共通する部分は切り貼りして作れるでしょ。文字が分解されてフィルムがボロボロになっていく感じが妙に面白かったのを覚えています。
 
正木  その、部首の部分、たとえば、ごんべんを確定するときのドキドキ感たるや…影響範囲が大きいですよね。
 
鳥海  そうそう、だから後になって、「誰だ、これやったやつはー!」っていうことはやっぱりあったよ(笑)。何度修正してもうまくいかなくて、フィルムを削りすぎて、穴開けちゃったひともいた(笑)。
 
正木  ふふ。わたしなら絶対やってしまうと思います(笑)。
 
鳥海  あとはグリッドがなかったことも大きいと思う。今は紙にグリッドがついているから、つい直線で書いてしまいがち。でも直線にすると、そのぶん「味」がなくなってしまうんだよね。だからこれ(グリッド)はくせもの。写研のBRなんかは、グリッドにとらわれていない良い例だよね。
 
最近のフォントを見て感じるのは、生っぽい感じ。火を通してない感じ。ちゃんと料理されていないように感じるものというのはやっぱりあんまり良くない書体なんだろうと思います。
 
正木  すごくわかるような気がします。
 
鳥海  正木さんは書道の経験はあるの?
 
正木  ないです。字はすごく下手で、恥ずかしいです。習字も小学校で習っただけで、今はご祝儀袋に筆ペンで名前を書くくらい…。
 
鳥海  今はほとんどのひとがそうだよね。それに習字はやったことがあっても、この2センチ角の正方形の枠に書くのとはわけが違う。大学で教えていると、おれより書道が得意な学生も中にはいるんだけど、字の大きさが変わると全然書けなかったりする。でも、正木さんのおじいちゃんもおばあちゃんも、普通に小さな文字を筆で書いていたでしょう。
 
正木  はい。見たことがあります。
 
鳥海  写植書体の原字用紙も、四角の枠が小さかったんですね。石井(茂吉)さんの書いた字なんか、もっと小さかったそうですよ。
 
おれが写研に入ったときはもう石井さんは亡くなられていたんだけれど、石井書体が拡大してつかわれるときにどうしても印刷の荒さが目立つというので、原字のサイズを48ミリ角に直す作業をやった。そしたら、まっすぐも、よく見たら全然直線じゃないのね。小さかったものを大きくするわけだから余計目立つよね。だからそれを直して持っていくと、「ばかやろう、余計なことすんな」って先輩に怒られるの。それは「味」だから直したらイカンと。じゃあどこを直すのよってなる。直すところなんてないじゃない、と。でもまぁ、明らかに変じゃないか?っていうとこもあって、また怒られるんだろうなと思いつつ持っていくと、「うん、これは確かにおかしい」とか言われてね(笑)。
 
正木  石井さんが『大漢和辞典』(大修館書店)のためにひとりで、五万字もの〈石井細明朝体〉を8年かけてつくられたというお話があって。その当時というのは、現在のようにタイポグラフィの教育なんてなくて、書体設計に携わる人も日本にほとんどいなかったんだと思うんですけども。
 
鳥海  うん。
 
正木  そんな時代に、石井さんがそれをできたというのは、なぜだと思われますか。やっぱり才能があったということなんでしょうか。
 
鳥海  そうだと思う。そうとしか考えられないよね。離れみたいなところでずっと、ひとりで、こたつで書いてたっていうんだから。
 
本当は、ひとつの書体の設計、仮名は特に、同じ人がひとりでやるのが理想なんだと思うんです。現実的にはなかなかそうはいかないところがあるけど、それを石井さんはやっていたわけだから。本当にすごいと思う。
 
何を書くかより、構成を考えるのが好き
 
正木  ところで、鳥海さんご自身はどんな字を書かれるんですか?
 
鳥海  えぇ!? どういうこと?
 
正木  変なこと聞いてすみません(笑)。鳥海さん個人としての、プライベートの文字です。
 
鳥海  おれの字? (困ったように)おれの字、どんなかなあ。あ、ほら、確か『書体デザイナー』の本*で自分の名前を書いたよ。うん、書いた。
 ※『文字をつくる9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)  
 
正木  あっ、それは拝見しました。でも、ええと、ちょっとちがうんです。あの、たとえばクレジットカードのサインをするときに、きれいな字を書こうなんて全然思ってなくて無意識なんだけど、結局いつも似たような文字を書いてるなっていうことありますよね。
 
鳥海  ああ、あるある。
 
正木  そういうときの鳥海さんの文字は、既存のフォントに似てると思われますか?
 
鳥海  全然似てないよぉ(笑)。でも自分をよく知っている人に、自分がつくった書体を鳥海っぽいと言われたことはある。それが何かっていうのは自分ではわからないですね。
 
正木  書体のデザインが佳境に入ったときに、プライベートの文字もそっちに寄ってきちゃうことはないんですか。憑依するというか。「あれっ、おれってどんな文字書いてた?」みたいな。
 
鳥海  (しばらく考えこんで)ないよぉ。それはない。(また考えこんで)……そもそも仕事以外であんまり文字を書かないかも(笑)。
 
正木  オンとオフは分けてらっしゃるということですね(笑)。
 
鳥海  うーん、ハガキ書いたりするのは好きなんですよ。実は字游工房を立ち上げたばかりのころ、フォントを買ってくれたひとに御礼のハガキを手書きで出していたことがあるの。すごく凝って、落款までいれてね。だけど、そういうときも、何を書くかより、構成を考えるのが好き。できればずっと続けたかったんだけど…。
 
正木  今も全員にハガキ出してたら大変ですよ(笑)でもきっともらったひとはうれしかったでしょうね。私も下手なりに、手で字を書く作業は大好きで、〈文字の食卓〉も、毎回、手書きで書いているんですね。テーマの書体を真似してみたりしながら。パソコンの画面で別のフォントを見ながらだと別のイメージが入ってきちゃうので。それで、文章を書くときに、イメージする書体によって文体が変わる、そういうこともあるんじゃないかと思うようになったんです。
 
鳥海  ああ、それはきっとあるんでしょうね。「理想の文字を書けたら、書くことがなくなるんじゃないか」って書いていたよね。
 
正木  ある書体からインスパイアされる言葉で詩をつくるとか、小説とか、そういうこともやってみたいです。「自分の字を忘れた書体デザイナー」を主人公にした小説はどうかと思って、アイデアを考えてたんですけど。でも、人間は簡単に自分の字を忘れたりしないということが今日わかりました (笑)。
 
鳥海  それはぜひ書いて(笑)。
 
正木  はい(笑)。そのときは鳥海さんをモデルにします(笑)。
 
(2012年8月)